前橋地方裁判所 昭和34年(わ)152号 判決 1959年9月30日
被告人 高野俊一
昭一〇・一〇・四生 店員
主文
被告人を懲役三月に処する。
未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和三十四年六月十四日午前四時ごろ伊勢崎市宮本町十五番地村越パーマネント前道路上において、些細なことから同行していた菊地吉太(当時三十四才)と口論し、頭部で同人の顔面を突きさらに拳で同人の顔面を殴打して暴行を加え、
第二、同年同月二十日午後十時ごろ同市新町三十八番地飲食店桃花軒こと茂木茂二方附近路上において、青木久雄(当時三十四才)と些細なことから口論の末、同人から拳で顔面を数回殴打される等の暴行を加えられた際、被告人は以前にも同人から殴打されたことがあり、再度同人より暴行を受けるに至つたため、同人に対する鬱憤をはらさんものと思料し、突嗟の間に、右の桃花軒調理場から刃渡約二十センチの肉切庖丁一挺(昭和三十四年領第五十三号の一)を持ち出し来り、桃花軒前道路上において右庖丁を振るつて、同人に突きかかり、よつて同人に加療約十日間を要する左前腕切創の傷害を負わせ、
たものである。
(累犯前科)(略)
(証拠の標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は被告人の判示第一の暴行の所為は正当防衛であり、判示第二の傷害の所為は過剰防衛であると主張するので、前掲各証拠を綜合して、これを検討するに、判示第一の暴行の所為に至つた経緯は、判示六月十四日午前二時頃被害者菊地が同市南町附近において某と喧嘩に及んでいる際、被告人が通りがかりに之を仲裁した上、右菊地をつれて同所附近の焼鳥屋に這入り被告人は焼酎一杯位菊地は二杯位飲み、そこを出て判示日時頃、両名共判示宮本町の道路上附近まで歩行し来たる際、菊地が被告人の前記仲裁を不服とし、「お前にとめられるいわれはない」と言い出したのに対し被告人はこれをなだめすかしながら歩行を続ける内、菊地は自己の腕をまくり入墨を示して被告人にこれがわかるか等と言い更に被告人に「ぬげ」と申向け喧嘩をなさんことを促したので被告人は喧嘩をする相手の意図を充分承知しながら着衣を脱し、その際菊地が手拳で被告人を殴打し更に「謝れ」と言つたので被告人は道路上に膝や手をついて「悪るかつた」と謝つたのに対し菊地は更に攻撃を加えて来たので、ここに被告人は積極的な攻撃を開始する意思をかため暴行を開始したものである、しかして当時被告人は菊地程には酩酊していなかつたものと認定出来るのであり、右の如き情況下においてなされたのであるから、被告人が真に結果の発生を回避せんとするならば、右の着衣を脱する際の前後において右菊地より逃避するなり、又はその他の方法によつて同人の手の届かない場所に移動し乃至は同人を同所に置去りにする等、何等かの方途を取り得るだけの余裕は充分存在したものと考えられる、しかのみならず本件被告人の所為は刑法第三十六条第一項に規定する「急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するため、やむことを得ざるに出でたる行為」と解することは至難と言わねばならない。
次に判示第二の傷害の所為について見るに、被告人が本件傷害をなすに至つた発端は、被告人が酔余、判示日時に同市新町所在の飲食店桃花軒前の道路上に通り掛つた際右同店の前に佇立して他人と立話中であつた判示被害者青木久雄を発見し、同人に対し、「この間俺が行つた時俺に口をきかなかつたのはどういうわけなんだ」という意味の言葉をかけたのに対し同人はこれに広酬せず右の桃花軒の中に這入つたのに対し、被告人は更に同人に追尾して同店に赴き更に同人に対し「お前は俺のことを子分だとか舎弟だとか呼んでいるようだが、そんなことを言うのか」という趣旨の言辞を弄し、右青木がこれに対し、「俺のあとについて来い」と言いながら桃花軒の隣りの広場に行くので被告人もその後について広場へ赴き同所において右青木が手拳で被告人を殴打し来りたるため被告人はその隙を伺い突嗟に右桃花軒調理場にかけ込み同所に置きありたる前示肉切庖丁を携え来りてこれを右青木に擬して同人に判示傷害を負わしめたものと認定することが出来る、しからば被告人が右青木の暴行を招いたのは当初被告人自身が同人を挑発したること、その後も、被告人が同人の暴行を受くるのを回避せんとする意思があれば充分その余裕ありたるものと解することが出来る、しかるにことここに至りたる具体的情況に照らして勘案すれば右は刑法第三十六条第二項に規定する過剰防衛としての要件たる「防衛の程度を超えたる行為」に該当するものと解することは出来ない。
右の如く、弁護人の右各主張はいずれもこれを肯認するに足るものに非ず、よつて右各主張はいずれもこれを採用しない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の暴行の所為は刑法第二百八条、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し判示第二の傷害の所為は同法第二百四条、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、被告人には前示前科があるから、それぞれ同法第五十六条、第五十七条を適用して累犯加重をなし、以上の罪は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条、第十四条にのつとり重い判示第二の傷害罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲で被告人を懲役三月に処し同法第二十一条により未決勾留日数中六十日を右の本刑に算入し、訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用してその全部を被告人に負担させない。
以上によつて主文のとおり判決する。
(裁判官 藤本孝夫)